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木村 欣三郎 物語

第010話

『第一歩』

 

 木村欣三郎は、単身でブラジルに来るはずではなかった。しかも、もともと、無口だった。こんな正確も手伝って、誰にもブラジルに渡った理由を話していない。とにかく、ブラジルでの生活がはじまった。彼の一番の問題は、食べ物だったと思う。先にも書いたが、気候は、どうすることもできないから、我慢をしたに違いない。しかし、食事は、しょう油屋の知識をもってすれば、大豆はあるのだから、どうにかできると考えたに違いないのである。そこで、彼が挑んだいくつかの日本食に欠かせない、味噌、納豆、豆腐のつくり方について説明をしてきた。彼は、教えることはあっても、作ることはなかった。作ったのは、豆腐の型。この豆腐の型は、現存する。この道具をみたら、彼が器用であることが、一目でわかるくらいの出来栄えである。彼の器用さは、豆腐の型だけではない。大家族が座れる長椅子もつくった。ベッドも作った。家もつくった。土壁で土間、そして、ちょっと広げようといえば、広げた。それくらい器用な木村欣三郎だった。町の生活しか知らなかった木村欣三郎。その彼がブラジルの地で、家具、家、そして、味噌、納豆、豆腐をつくることに挑戦し、これからの長いブラジル生活に備えていたのであった。 ただ、ここでいつも疑問が残る。木村欣三郎は、本当にブラジルに移住しようと思ってきたのだろうか。瀧を連れてくるためにだけ、ブラジルに渡航したという話もある。真相は謎に包まれたまま、他界してしまった。ただ、一つだけ考えられることは、そうそう簡単には帰ることができないところに来てしまったと感じたこと。2万キロの47日間の旅。その旅の中で彼の気持ちは船と共に揺れていたに違いない。もし、帰るつもりだったら、単身で来ていないのではないだろうか。渡伯することを断念していたに違いないのである。だから、木村欣三郎は、片道切符を握りしめていたに違いないのである。

                                                            (つづく)

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